守破離

イメージ 1
 
高校時代の学年主任が茨城の剣道バカ(←ヲイ!!)でして、日頃は人の良いオジサンみたいな人でしたが、事剣道の事と授業中の内職に関しては、烈火の如しのような方でした。
 
その学年主任が「守・破・離」という言葉を、よくおっしゃっていました。
 
高校3年間を剣道の言葉に例え
 
守・・・・師匠の言葉を聞き、その通り実践する。
 
破・・・・師匠の元で鍛錬の結果、師匠を破る。
 
離・・・・その後更なる高い場所で鍛錬する。
 
確かそんな流れでした。「破」はイマイチ意味を覚えていないんです。多分間違ってると思いますが・・・・。
 
私は浪人生活があったので「守破留破」と、余計なものが混ざった半生になりました、または最初から濃いキャラだったので「離離離」だったか。
 
でも、高校時代、先生にこっぴどく怒られた記憶がないんですよね。自分が所属していた新聞部の顧問の先生に守られていたのでしょう。
 
 
イメージ 2
 
何でそんな話になったかと言うと、上野原での撮影は、いつも鉄板の上新田踏切界隈でやっていたのです。勿論1枚目もその界隈で撮りました。
 
今日の午後の部、光線の加減が難しくなったので、歩いてみて、それなりきの場所を発見しました。石碑が何本か建っており、その界隈。神社の裏から撮影してみました。
 
でもまだ第2段階の「破」なのですよ。果たして「離」の域に達するまで、この車輌が残っているのか?(笑)